編集部が気になるあの人に突撃インタビュー
コラム執筆を機に“生理の人”に。
新たな道を歩み始める
二度のオリンピック出場を果たし、27歳で引退をした伊藤華英さん。その後は、大学院でスポーツマネジメント、スポーツ心理学を学び、メンタルタフネスという概念を専門としました。さらに、生理について発信したことを機に生理に関するプロジェクトをスタート。その行動力の源とは?
伊藤華英さん
1985年生まれ、埼玉県出身。北京オリンピックでは100m背泳ぎ8位、ロンドンオリンピックでは400mフリーリレー7位。学生アスリートや指導者に向け、スポーツ×生理をともに考える「1252」プロジェクトのリーダーを務める。マットピラティスコーチであり、順天堂大学大学院スポーツ健康科学部博士号を持つ。著書に「これからの人生と生理を考える」(山川出版社)がある。
縁と出会いとタイミングで、二つの大学院へ進学
引退後はどんな生活を?
2008年に怪我をした時、ピラティスを始めたんです。身体の軸を整えれば心もぶれないという効果を実感していたので、「まずマットピラティスコーチの資格を取っちゃおう!」と。
同時に、スポーツ界のために何かしたい、オリンピックのことなどスポーツを産業レベルで理解したいと思っていたところ、コーチや監督から大学院進学を勧められました。私自身、アスリート以外の仲間がほしいと思っていましたが、さて何を勉強しよう? と。
そしたら先輩の田中ウルヴェ京さん*1から「スポーツ心理学はどう?」と助言をいただいて。その後、早稲田大学スポーツ科学学術院のゼミの先生と出会い、「楽しく学べそう、よし、行っちゃおう!」と。心の中で決めていることと、不思議な縁やタイミングがつながると、これは合図かなと思って行動に移すタイプです。
*1.元女子アーティスティックスイミング(シンクロナイズドスイミング)選手かつ、1988年ソウルオリンピックシンクロデュエット銅メダリスト。スポーツ庁スポーツ審議会委員。
導かれたように進学を。早稲田大学の大学院はいかがでしたか?
1年間、広く「スポーツマネジメント」を学び、すごく楽しかったですね。授業で先生の話を聞いてノートを取ったり、もともとインプットするのがすごく好きなんですよ。30単位取らなくてはいけないのと、自分の研究(スポーツ心理学)も忙しく、寝る間もない毎日で。不正出血もあり、このときは低容量ピルのお世話になりました。
修士論文を書き終え、少しゆっくりしようと思っていたら、修士論文の査読者の一人、鈴木大地さん*2から、「スポーツ心理学なら順天堂大学に行きなさい」と言っていただきました。これも何かの縁と思って、今度は順天堂大学大学院で3年間、スポーツ心理学の「メンタルタフネス」の研究をしました。
*2.元水泳選手かつ、1988年ソウルオリンピック100m背泳ぎ、400mメドレーリレーの金メダリスト。初代スポーツ庁長官
思いがけず二つの大学院へ。メンタルタフネスとはどんなものですか?
精神的な強さは、先天的にも後天的にも手に入れられるという考え方です。たとえばレース中にゴーグルの紐が切れても、もうダメだと思わず、対応できることがタフネスと言えます。不測の事態からのレジリエンス(回復力)は鍛えられるし、セルフエフィカシー(自己効力感)にもつながります。
私自身、現役時代はコーチから「お前はメンタルが弱い」と言われ、どうしてだろう?と思っていました。もし、現役当時に「メンタルが強い」とはこういうことなんだとちゃんと理解できていたら、もうちょっとがんばれたかもしれない。そういう意味では引退後のほうが充実している感じがしますね。
生理を知ることが、人と人の思いやりにつながる
結婚と出産についてはどのように?
引退後、「なんで大学?」「結婚は?」「お相手はいないの?」って、いろんな人から言われました。大学院卒業後、出産も経験をし、現在は子育て真っ最中です。
不妊治療を経験されている方はたくさんいるので、私は恵まれていたほうだと思います。30代になると妊孕性が低くなると言われており、35歳を過ぎるとその傾向は顕著になると言われています。女性がキャリアを構築して、いざ子どもがほしいと思った時に大変な思いをされる方も多くいます。女性は、初経から閉経、閉経から先の人生までホルモンとともに生きていきます。そういう理解からが月経教育のスタートだなと思います。
月経教育といえば「1252プロジェクト」*3を立ち上げました。誕生のきっかけは?
2017年にスポーツ専門Webマガジンで、生理についてのコラムを書いたんです。2016年のリオオリンピックの時に中国の選手が、「生理で調子が悪くてチームに迷惑をかけた」と発言したことを踏まえ、自分自身の話なら伝えられるかもしれないと。これが大きな反響でした。
でも私一人だと限界があると。生理は社会的な課題なので、仲間も必要だし、広めていく体制を考えなきゃいけない。ちょうどコロナ禍で「スポーツを止めるな」という学生を支援する団体の賛同者になっていたので、その中に立ち上げることになりました。
*3.女性アスリートが抱える「生理×スポーツ」の課題に対し、トップアスリートの経験や医療・教育分野の専門的知見をもって向き合う教育/情報発信プロジェクト
https://spo-tome.com/1252-top/
プロジェクトではどんなメッセージを?
これまで、生理については話さないのが当たり前、つらくても我慢することが当たり前でした。でも対話をすることで、見えてくる課題があるはず。そのためにまずは、自分の体を知ること。生理周期と心身のコンディションを記したり、少しでも悩んだら、不調がなくても婦人科に行く。不安なことは、先輩でも家族でも話しやすい人に話してみる。
大事なことは、自分の言葉で自分の状態を人に伝え、自分にとって心地よい環境を作ること。
学生も指導者も、女性も男性も一緒に、生理の知識と理解を深めていけたらと思っています。
大事なのはコミュニケーション。伊藤さん式コミュニケーション術は?
人に対して、決めつけないことかな。(マイナス面に)興味を持たず、いいとこ見つけよ! と思っています。きれいごとに聞こえるかもしれないけど、少しこの人嫌な感じがするな……ってわざわざ思わなくていい。たとえ、本当に自分にとって嫌な人だったとしても。なんでも白か黒に分けたい世の中ですが、グレーでも良いはず。それより「何かあった時に、ちょっとだけつながれたり、協力しあえたら楽しいよね」って思っています。
「1252」は生理が入り口ですが、いろんなことにつながります。自分を知ることの大切さ、相手をちょっと思いやること、一人ひとりのちょっとしたアクションで、世界がちょっとずつ良くなっていくと、私自身も実感したいし、それが広まっていくといいなと思います。
よもぎ蒸しでデトックス。どんな時でも自分らしく
そんな多忙な現在、どんなフェムケアをされていますか?
月に3回くらい韓国式よもぎ蒸しに通っています。妊娠前から子宮腺筋症で生理が重かったので、よもぎ蒸しに通い始めたんですが、翌日すっきりします。蒸気からいろんな生薬を吸収できるので、デトックスやストレス解消にもいい。大好きです。
2年前にミレーナ*4を入れたこともあり、今は生理痛から解放されています。排卵はあるので少しPMSはありますが、年に1回は子宮頸がん検診と一緒にミレーナがちゃんと入っているかの検査をしています。
*4.子宮の中に挿入する避妊器具。過多月経や月経困難症の治療薬としても活用され、肥満、喫煙、高血圧、ピルの副作用などの体質によって低用量ピルを服用できない人でも使用することができる
最後に、これからやってみたいことは?
特別なことはないです(笑)。ただ女性、男性問わず、どんな人も自分らしく生きることの素晴らしさを伝えていきたいとは思います。よく〝人生何回目〟という言葉を耳にしますが、実際には誰もが〝一回目〟しかありません。自分らしく進んでいきたいですね。
“自分らしさ”とは、何をしている時が楽しいのか、自分の軸になっているのか。それがわかってくるとイキイキしてきます。どんなことも自分らしく選べたら、結果がどうであっても、「仕方ないな!」って思えますから。
◆自分の生理を知るためのチェックリスト
□月経周期が24日以下
□月経周期が39日以上
□月経期間が2日以内
□月経期間が8日以上
□多い時でも1日にナプキン1枚で足りる量
□夜用のナプキンを1~2時間ごとに交換
□レバー上の血のかたまりが出る
□起き上がれないほどつらい
□毎月、痛み止めを飲んでいる
●生理前の身体的症状をチェックしてみましょう
□お腹が張る・痛い
□頭が痛い・重たい
□腰が重い
□胸が張っていたい
□眠くなる
□食欲が増す
●生理前の精神的症状をチェックしてみましょう
□イライラする
□怒りっぽくなる
□落ち着きがない
□憂うつになる
★気になることがあったら、早めに婦人科に相談しましょう。
出典:伊藤華英さんの著書「これからの人生と生理を考える」(山川出版社)より
取材中、男性の方々にも「よもぎ蒸しは、カップルや夫婦でもいけますよ!」とオススメする伊藤さん。軽やかに語られるお話の数々に、未知の世界の扉が次々と開きました。